八神城跡(読み)やがみじようあと

日本歴史地名大系 「八神城跡」の解説

八神城跡
やがみじようあと

[現在地名]羽島市桑原町八神

名鉄竹鼻たけはな線八神駅南方の小高い丘上にあり、大銀杏がそびえ、樹下に八神城跡の碑が建つ。戦国期の土豪で、のち尾張徳川氏に仕えた毛利掃部助広盛居城。県指定史跡毛利氏は広盛以前は石田いしだ本拠としていたと伝え、永享四年(一四三二)正月一一日の大須庄河東石田恒岡名色々目録(毛利文書)に毛利修理亮康光の名がみえる。天文永禄(一五三二―七〇)期には織田氏に仕え、天文六年八月六日の織田信秀書状などが毛利文書にある。永禄六年六月一七日信長は今度の合戦につき、「親討死之由、無比類忠節候」との感状を広盛にあてている(織田信長書状)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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