六諭衍義大意
りくゆえんぎたいい
「六諭衍義」の大意を平易な和文にしたもの。1巻。室鳩巣(むろきゅうそう)著。1722年(享保7)刊。「六諭衍義」は明の太祖洪武帝が民衆教化を目的に作った6カ条の訓戒の解説書。将軍徳川吉宗は島津吉貴から献上された「六諭衍義」を有用とし,荻生徂徠(おぎゅうそらい)に訓点を,室鳩巣に和訳を命じた。本書はこの和訳本を官刻したもの。寺子屋の手習い本などの庶民教育に用いられ,近世中期~近代初頭の民衆道徳形成に寄与した。「日本教育文庫訓戒篇」上,「日本思想大系」所収。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
六諭衍義大意
りくゆえんぎたいい
江戸中期,室鳩巣 (むろきゆうそう) の道徳教科書
1722年刊。1巻。『六諭衍義』は,明の太祖(洪武帝)が民衆教化の目的でつくった6カ条の教訓である『六諭』を明末に范鋐 (はんこう) が解説したもの。これが琉球から伝えられ,8代将軍徳川吉宗の命により荻生徂徠 (おぎゆうそらい) が和訳して『六諭衍義和解』を著し,室鳩巣がわかりやすく要約したのが本書で,享保の改革の文教政策の一つ。のち手習本として広く普及した。
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
世界大百科事典(旧版)内の六諭衍義大意の言及
【学校】より
…寺子屋の教育内容といえば読み書き算(そろばん)が浮かんでくるが,読み書き,とくに手習いが中心であり,算は幕末になって増加する。徳川吉宗が手習い師匠に《六諭衍義大意(りくゆえんぎたいい)》を配布し,寺子屋を教化の機関にしようとしたこともあったが,寺子屋は何といっても町人,農民の生活の必要から出てきた要求にこたえる初等教育機関であった。〈学制〉以降,小学校が急速に普及するのは,寺子屋が基盤としてあったからにほかならない。…
【享保改革】より
…[御触書集成],[撰要類集]はこれが例となって以後編纂が続けられた。1722年室鳩巣に命じて《六諭衍義(りくゆえんぎ)大意》を刊行,江戸府内の寺子屋の教科書として使用させた。吉宗は1720年に従来厳重であった漢訳洋書輸入制限を緩和,キリスト教義を説いたもの以外の輸入を許可し,青木昆陽,野呂元丈にオランダ語を学ばせ,蘭学興起の基礎を開いた。…
※「六諭衍義大意」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」