具志堅用高(読み)ぐしけんようこう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「具志堅用高」の解説

具志堅用高
ぐしけんようこう

[生]1955.6.26. 沖縄,石垣
プロボクサー。那覇市の興南高等学校ボクシングを始め,3年生のとき全国高等学校総合体育大会モスキート級で優勝,卒業後上京してプロ入り。1974年プロデビュー。1976年ドミニカ共和国の世界ボクシング協会 WBA世界ジュニアフライ級チャンピオンのフアン・グスマンに挑戦し,7回ノックアウト KO勝ちで世界チャンピオンの座を獲得。カンムリワシ異名をとった。1980年に 13度目の防衛に成功してジュニアフライ級の世界王座防衛世界新記録を樹立。翌 1981年,沖縄での防衛戦メキシコペドロフローレスに敗れ,引退した。以後解説者などで活躍し,1995年白井義男と白井・具志堅スポーツジムを設立会長として後進育成に尽力。通算成績は 24戦 23勝(15KO)1敗。2014年12月に国際ボクシング殿堂入りを果たした。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

知恵蔵mini「具志堅用高」の解説

具志堅用高

日本の元プロボクサー、ボクシング指導者、タレント。1955年6月26日、沖縄県石垣市生まれ。沖縄県・興南高等学校でボクシングを始め、3年生の時に高校総体(インターハイ)と国体(国民体育大会)で優勝した。74年、協栄ジムからプロデビュー。76年10月、当時の日本記録であるプロ9戦目での世界王座獲得(WBA世界ライトフライ級)を達成。以降、6連続KO・13連続防衛(共に2015年6月現在日本記録)を達成した。12連続防衛は当時の世界記録でもあった。81年、14回目の防衛戦で敗れ、現役引退。白井・具志堅ジムの会長を務めつつ、タレントとしても活躍している。2015年6月14日、国際ボクシング殿堂入りを果たした。

(2015-6-18)

出典 朝日新聞出版知恵蔵miniについて 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus「具志堅用高」の解説

具志堅用高 ぐしけん-ようこう

1955- 昭和時代後期のプロボクサー。
昭和30年6月26日生まれ。昭和51年プロ入り9戦目でWBA世界ジュニアフライ級の王座につく。カンムリワシの異名をとり,6連続KOをふくめ,日本人最多の世界戦13度防衛。54年の年間4度防衛,タイトル保持4年半も日本記録。56年初敗戦で引退。24戦23勝(15KO)1敗。平成7年白井義男と白井・具志堅スポーツジムを設立,会長。16年東日本ボクシング協会副会長。27年国際ボクシング殿堂入り。沖縄県出身。興南高卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

関連語をあわせて調べる

今日のキーワード

急急如律令

中国漢代の公文書の末尾に、急々に律令のごとくに行え、の意で書き添えた語。のち、呪文(じゅもん)の終わりに添える悪魔ばらいの語として、道家・陰陽師(おんようじ)・祈祷僧(きとうそう)などが用いた。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android