兼喜神社(読み)けんきじんじや

日本歴史地名大系 「兼喜神社」の解説

兼喜神社
けんきじんじや

[現在地名]都城市都島町

たけした橋西岸の丘陵地にある。旧村社。祭神は北郷常陸介相久。家臣讒言により父北郷時久に疑われ、天正七年(一五七九)安永金石やすながかねいし城で自害した相久の霊を祀るため、同九年時久により若宮八幡宮として創建された(「三国名勝図会」・北郷氏系図)。相久が自害した後、深夜甲冑姿の武人白馬に乗り幻の如く諸所に現れるようになり、相久の霊魂だとの噂が立った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む