人間を生かし、精神的な働きをつかさどる原理として想定されるもの。単に「霊」ないし「魂」ともよばれる。人間だけでなく、動植物をはじめとする全存在に潜むとされることもある。肉体や事物から独立した原理としての霊魂の観念は、近代以降の実証科学では否定されてきた。しかし多くの宗教体系は、独立した実体としての霊魂の存在を認めており、教えの基本としている。また科学者の一部にも、その存在を実証しようとする試みがある。
霊魂の観念はきわめて包括的かつ流動的なものであるが、一般に次の二つに分化する傾向がある。一つは、生命体を維持し、動かす原理としての霊魂の考え方であり、「生命霊」と称することができる。これは無個性、非個別的なものであり、人間においてはとくに息や血、影などに結び付けられている。ヘブライ語rua、サンスクリット語ātman、ギリシア語psyche、ラテン語anima, spiritusなど、霊魂を表す語が「風」や「息」を語源としていることも、この考え方が背景にある。わが国では「気」の観念がそれに近い。
もう一つは、肉体のうちに潜み、その精神活動を引き起こす原理としての霊魂の考え方であり、「個体霊」とよぶことができる。これは、感情、意志、認識を支配する主体とされるがゆえに個別的、個性的なものであり、肉体から独立した原理として、肉体を離れたり、肉体の滅亡後も存続する力をもつと信じられている。他者や生者に影響する霊としての生霊(いきりょう)、死霊(しりょう)、祖霊(それい)、精霊(せいれい)などの観念は、この考え方によるものである。人間は、憑依(ひょうい)その他の理由によりこれらの霊の影響下に置かれるが、逆に儀礼や職能者を通じて霊を操作することで、他者や事物に働きかけたり、未来や神意を知ることができるとする信念は広くみられる。このような霊の考え方は、わが国では古くから「たま」「もの」と称せられてきた。
[竹沢尚一郎]
霊魂の観念は、地域や時代によって大きく異なっており、それぞれの文化の特徴をなしている。アフリカの諸社会では、霊魂が万物に潜むとするアニミズムの考え方が有力であるが、霊魂は一般に単体としてはとらえられていない。たとえば西アフリカのドゴン人では、霊魂は生命霊と魂という二つの要素を含み、それぞれ複数の要素からなるとされる。生者においては、知性や意志をつかさどる魂が生命霊を支配しているが、死とともに両者は四散し、不浄をもたらす。仮面を伴う葬送儀礼の目的は、魂と生命霊を集め直すことで世界を再浄化し、死者の国へ送り届けることにある。
古代エジプトでは、霊魂は肉体に宿る不可視の実体とされ、好んでアオサギや人間の顔をした鳥の姿で表象された。これは人間と神に潜むものであり、その力と勇気の源泉である。人間の死後霊魂は肉体を離れ、地下の世界や砂漠をさまようが、危険にあうと肉体のところへ戻ってくると信じられ、ここから、ミイラなどにして肉体を保存する方法がとられるようになった。
ホメロス期のギリシアでは、霊魂の観念は存在したが、きわめて漠然としたものでしかなく、思考や欲望は肉体の作用とされた。のちオルフェウス教の影響下に、ソクラテスやプラトンとともに霊魂こそが真の自己であり、知と善の主体であるとの考えが生じた。それによると、霊魂は神によって創造されたものであり、神のように不滅なものである。
キリスト教においては、ギリシア文化の影響下に霊魂の信仰が説かれたが、霊と肉は分離されるものではなく、復活には両者が伴うという信仰が保持された。また仏教においても、無我説の立場から、霊魂と肉体とを区別する二元論の立場は否定された。しかしいずれの教えにおいても、中世以降霊魂の不滅の信仰が強調され、今日に至っている。
[竹沢尚一郎]
『ファン・デル・レーウ著、田丸徳善・大竹みよ子訳『宗教現象学入門』(1979・東京大学出版会)』▽『山折哲雄著『霊と肉』(1979・東京大学出版会)』▽『マルセル・グリオール著、坂井信三・竹沢尚一郎訳『水の神』(1981・せりか書房)』
身体にひそむと信じられる超自然的な存在。人間だけでなく万物にひそむとされるときはアニマanimaといわれる。また古代ギリシアでは,プシュケーという霊魂概念が知られている。このプシュケーやアニマはもと〈気息〉を意味したが,そこから,この目に見えない超自然的存在を生命の原理とする考えが発達し,やがてそれを神的実在とみなしたり,人格や精神の根元とする観念が生じた。キリスト教神学にいう聖霊,ウパニシャッド哲学のアートマンなどがそれである。一方,霊魂には身体や事物を基盤としてそこに自由に出入する機能があるとみなされてきた。一般に精霊や生霊や死霊と呼ばれる存在がそれである。この考えは未開宗教や古代宗教において多くみられ,E.B.タイラーによると,とくに未開人はこのような霊魂(アニマ)の存在によって夢や幻覚や失神や死の現象を説明しようとしたのだという。また,それらの遊離し漂泊する精霊や生霊を操作したり駆使したりすることによって,治病や託宣や呪詛を行う呪術・宗教的な職能者もあらわれた。
霊魂の考え方には,東南アジアなど多くの民族にみられるように複霊観をとる場合があるが,中国の魂魄観などもそれである。さらに遊離した霊魂が鳥の姿をとるという鳥霊魂の信仰もひろく世界に分布しており,エジプトの墓に描かれている鳥(バー),あるいは日本の神話で日本武(やまとたける)尊が死後白鳥になったという話などはその一例である。ところで仏教は原則として,その無我説の立場から霊魂の存在を説かなかったが,浄土教思想の勃興とともに,死後における往生の主体の問題が提起され,それをめぐってやがて霊魂の存在を暗に認める立場をとるようになった。日本では古く霊魂のことを〈たま〉といい,〈たまふり〉や〈たましずめ〉などの鎮魂儀礼が重要視された。それは遊離しやすい状態の〈たま〉を身体につなぎとめるための呪術であったが,他方,遊離した〈たま〉はときに怨念を含む御霊(ごりよう)や物の怪(け)に変貌して,生きている者に危害を加えると信じられた。また〈たま〉は最高の形態としては神霊を意味し,祈願・供養の対象として崇拝された。一般に日本では,人の死後,その死霊は祖霊を経て神霊になるという観念が強く抱かれてきた。不浄の霊(荒魂(あらみたま))から清浄な霊(和霊(にぎみたま))への浄化の過程が意識されたのであり,そこに日本人の間に根強い祖先崇拝の基盤があるといえよう。
→アニミズム →心
執筆者:山折 哲雄
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…彼らは渡航費用の負担を免れたが,到着後は一定年数の労役を義務づけられ,なかには黒人奴隷と変わらぬ待遇を受けたものもいる。とくに初期には,〈スピリットspirit〉(ヨーロッパ大陸では〈ノイランダーNeulander〉)とよばれた詐欺師兼誘拐屋の口車にのって,年季奉公の契約を結んだものも多い。また,罪人も年季契約移民として北アメリカへ送られ,アメリカ合衆国独立後はオーストラリアへ回された。…
…この点は語義の成立の過程からも明らかで,洋の東西を問わず心は心臓の動きと関連してできあがり,それゆえ身体内部に座をもつ概念である。一方精神は,それにあたる英語のスピリットspirit,フランス語のエスプリesprit,ドイツ語のガイストGeistが〈風〉〈空気〉〈息〉などを意味するラテン語のスピリトゥスspiritus,ギリシア語のプネウマpneumaに由来するように,個人の身体をつらぬき個人の身体を超えて遍在する広がりをもつ。こうした性格から精神は,一方で,人間の心や身体を支配する〈霊〉のイメージを帯び,他方では神や超越者の観念と結びついて倫理的・形而上学的な性格をつよめる。…
…〈気息〉や〈霊魂〉を意味するラテン語のアニマanimaに由来し,〈さまざまな霊的存在spiritual beings(霊魂,神霊,精霊,生霊,死霊,祖霊,妖精,妖怪など)への信仰〉を意味する。
[霊的存在とはなにか]
霊的存在の典型としての霊魂soulについてみると,それは人間の身体に宿り,これを生かし,その宿り場(身体)を離れても独自に存在しうる実体である。…
…中国において,死者の霊魂を意味する。人間は陽気の霊で精神をつかさどる魂と,陰気の霊で肉体をつかさどる魄(はく)との二つの神霊をもつが,死後,魂は天上に昇って神となり,魄は地上にとどまって鬼となると考えられた。…
…〈精神〉と同義とされることもあるが,精神がロゴス(理性)を体現する高次の心的能力で,個人を超える意味をになうとすれば,〈心〉はパトス(情念)を体現し,より多く個人的・主観的な意味合いをもつ。もともと心という概念は未開社会で霊魂不滅の信仰とむすびついて生まれ,その延長上に,霊魂の本態をめぐるさまざまな宗教的解釈や,霊魂あるいは心が肉体のどこに宿るかといった即物的疑問を呼び起こした。古来の素朴な局在論議を通覧すると,インドや中国をはじめとして,心の座を心臓に求めたものが多いが,これは,人間が生きているかぎり心臓は鼓動を続け,死亡するとその鼓動が停止するという事実をよく理解していたためで,〈心〉という漢字も心臓の形をかたどった象形文字にほかならない。…
…いずれにせよ,死を個人の人格の完全な無化とみなし,かつその無化への代償をなんら用意していない文化は存在しない。それは死後も存続する霊魂と他界における第二の生という直接的な形をとることもあれば,死の後にこの世に残る子孫とか名声あるいは生前になし遂げた事跡といった物象に仮託することもあり,あるいは生き残った人々が死者のために行う記念の行事であることもあるが,人間の文化は必ず物理的な死を超える何ものかを提供しているのである。この項では,未開と呼ばれる文化を例にとり,死の代償ないし解決としてここに挙げた三つの方式について述べよう。…
…もちろん,これも心理学に対する一つの見方であって,心の定義だけでなく心理学の定義も人によって異なり,科学としての心理学は着実に研究を積み重ねて発展してきており,今後も発展してゆくと考える人もいる。
[心理学の歴史]
まず,ギリシアの昔から説き起こせば,すでに,肉体から独立してイデアの世界に存在する霊魂を考えたプラトン,肉体を素材(ヒュレ)とする形相(エイドス)としての霊魂,肉体を肉体たらしめ,活動させる原理としての霊魂を考えたアリストテレス,霊魂をも含めて万物は原子の運動に由来すると考えたデモクリトスやエピクロスらの説があった。プラトンの霊肉二元論は,中世のキリスト教思想を支配し,近世においては,物質の本質を延長とし,精神の本質を思惟としたデカルトの物心二元論に引き継がれた。…
※「霊魂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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