内藤信敦(読み)ないとう のぶあつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤信敦」の解説

内藤信敦 ないとう-のぶあつ

1777-1825 江戸時代中期-後期の大名。
安永6年10月1日生まれ。内藤信凭(のぶより)の長男。安永10年越後(えちご)(新潟県)村上藩主内藤家6代となる。寺社奉行,若年寄,京都所司代を歴任。新川開削で新田を開発し,三面(みおもて)川の養鮭で種川(たねかわ)の制を導入した。文政8年4月8日急死。自殺説もある。49歳。幼名は徳丸。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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