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内藤忠興 ないとう ただおき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

内藤忠興 ないとう-ただおき

1592-1674 江戸時代前期の大名。
天正(てんしょう)20年2月1日生まれ。内藤政長(まさなが)の長男。徳川家康につかえ,大坂の陣などで活躍。寛永11年陸奥(むつ)平(たいら)藩(福島県)藩主内藤家2代となる。検地や新田開発,制度づくりなど藩体制を確立。大坂城代をつとめた。延宝2年10月13日死去。83歳。初名は忠長。通称は金一郎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

内藤忠興

没年:延宝2.10.13(1674.11.10)
生年:文禄1(1592)
江戸前期の大名。陸奥国磐城平藩(福島県いわき市)の2代藩主。父は政長,母は三宅康貞の娘。通称金一郎。初名忠長。帯刀。徳川家康に仕え,大坂の陣(1614,15)に参加し,元和1(1615)年上総国(千葉県)佐貫に1万石を拝領。8年父の磐城平への移封に伴い,領内に庇蔭料として2万石を与えられる。寛永11(1634)年父の遺領磐城平7万石を継ぐ。忠興は大坂城代を2度にわたって務めており,譜代大名として幕政に重きをなした。江戸で死去。

(長谷川成一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の内藤忠興の言及

【大坂城代】より

…任期は不定で,寛永・正保期の阿部正次(21年),寛文・延宝期の青山宗俊(16年),元禄~正徳期の土岐頼隆(21年)が長期間であるが,1年未満もあり,数年で動く例が多かった。承応~万治期には水野忠職,内藤忠興,松平光重の3名が,3年ついで1年で交代し勤務していたこともあった。役知1万石,四位,屋敷は城内二の丸千貫櫓北,下屋敷は城外西の現法円坂町にあった。…

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