内藤町遺跡(読み)ないとうちよういせき

日本歴史地名大系 「内藤町遺跡」の解説

内藤町遺跡
ないとうちよういせき

[現在地名]新宿区内藤町

現在の新宿御苑一帯を占める縄文時代と近世の遺跡で、これまでの四回にわたる調査では、おもに江戸時代に同地を拝領した信濃高遠藩内藤家および寛政四年(一七九二)以降内藤家の屋敷を上地して設けられた旗本屋敷にかかわる遺構・遺物が確認されている。後者の旗本屋敷地内には幕末期に一括して廃棄されたと考えられる大量の陶磁器が出土。大皿や鉢・徳利には、表面に文字・記号を刻んだ釘書が多数認められる。その内容は、同宿の名主を勤めた高松家の文書や「岡場遊廓考」にみられる内藤新宿に存在した旅籠屋・茶屋等に対応しており、大量の陶磁器は同宿から持込まれたものと理解できる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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