コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

冠弥右衛門 かんむり やえもん

2件 の用語解説(冠弥右衛門の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

冠弥右衛門 かんむり-やえもん

1845-1888 明治時代の真土(しんど)村騒動の指導者。
弘化(こうか)2年生まれ。生地の相模(さがみ)(神奈川県)真土村でおきた質地受け戻し紛争で,質置主代表として質取主の松木長右衛門を相手どり訴訟をおこしたが,敗訴。訴訟費用と小作料滞納分の納入にこまり,明治11年松木方をおそい,長右衛門らを殺傷した。事件後,死罪から終身刑となり,のち釈放された。明治21年12月15日死去。44歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

冠弥右衛門

没年:明治21.12.15(1888)
生年:弘化2(1845)
明治時代の真土事件(真土騒動)の指導者。真土村(平塚市)戸長の松木長右衛門は地租改正に際し質置主の印鑑を預かると,質地の地券名義を勝手に自分の名義に変更してしまった。土地を略奪された思いの村民65名は,弥右衛門を代表に翌年裁判所に訴えたが,敗訴。加えて松木に裁判費用と3年間の小作料滞納分をきびしく取り立てられ,進退窮まり打ちこわしという実力行使に出た。明治11(1878)年10月26日,秋雨の降りしきる夜,手製の大砲の轟音を合図に29名の農民が松木宅を襲い,松木とその家族を殺害するなどし,家屋に火を放った。事件後,弥右衛門ら56名の村民が逮捕されたが,義挙を知った人々から助命嘆願運動が起こり,死罪を減ぜられて終身懲役となった。嘆願運動は地元の国会開設運動へと受け継がれ,のちの自由民権運動へと結実していくことになる。明治17年釈放された弥右衛門は,出家して余生をおくった。

(下重清)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

冠弥右衛門の関連キーワードイマームフューラー真土真土山100円札倉田利作渋谷彦右衛門高井喜三郎半田春平松木長右衛門

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone