出来島村(読み)できしまむら

日本歴史地名大系 「出来島村」の解説

出来島村
できしまむら

[現在地名]木造町出来島

屏風山びようぶさん砂丘南部の日本海沿岸寄りに位置し東は丸山まるやま村へ通じる。

元禄三年(一六九〇)藤代組に属し、村位は下とある(平山日記)。天明四年(一七八四)戸数七軒残らず断絶とあり(津軽歴代記類)、天明大飢饉のためと思われる。四代藩主津軽信政の時代には番所が置かれていたとある(西津軽郡史)。天保五年(一八三四)の郷村帳によれば、天明八年(一七八八)に七〇・六石、文化九年(一八一二)に六六・二石の新田高が書上げられている。その後村は復興し、嘉永三年(一八五〇)の「東奥沿海日誌」には「人家三十軒斗。


出来島村
できじまむら

[現在地名]妻沼町出来島

利根川右岸の自然堤防上に位置し、対岸小島こじま村、東はだい村、南は男沼おぬま村。田園簿では高三五二石余はすべて畑、ほかに柳原四町一反余があり、幕府領。天和元年(一六八一)下総古河藩領となり、貞享二年(一六八五)に上知されたが(「堀田氏領知調帳」紀氏雑録続集)、「風土記稿」に江戸期は同書成立時まで幕府領とある。天保元年(一八三〇)忍藩領となり幕末に至る(忍藩新領高覚書・旧高旧領取調帳など)。利根川は古くは北の村境を流れていたが、瀬変りによって村内を貫き川幅三町余、水除堤があるとともに河岸場で、江戸への水路は三〇里。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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