出西郷(読み)しゆつさいごう

日本歴史地名大系 「出西郷」の解説

出西郷
しゆつさいごう

仏経ぶつきよう山の北麓、斐伊川山間から出雲平野に出る右岸の丘陵部にあった。中世杵築大社(出雲大社)領一二郷のうちの一つ。建久五年(一一九四)三月二一日の国造出雲孝房譲状(千家家文書)に、嫡子孝綱に譲渡した所領の一つに、大田おおた郷・とび村などと並んで出西郷がみえる。建暦三年(一二一三)八月二一日の縫殿允清澄奉書(北島家文書)では、富郷などとともに「別納之地」とされており、遥勘ようかん(現大社町)など一般の社領とは異なるルートで大社領となったと推測される。建武三年(一三三六)の佐草自清旧記写(千家家文書)によると「出西郷者、孝時先祖開発之私領」とあり、古代の出雲郡出雲郷の一部が、古代末期に国造出雲氏自身の手で開発され、いったん国衙領として成立したのち、改めて杵築大社に寄進され、大社領の一角を構成するに至ったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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