刈谷沢神明宮(読み)かりやさわしんめいぐう

日本歴史地名大系 「刈谷沢神明宮」の解説

刈谷沢神明宮
かりやさわしんめいぐう

[現在地名]坂北村刈谷沢

村の東にあり、祭神は天照皇大神・豊受大神ほか二柱。

社伝によれば、天正一一年(一五八三)越後上杉景勝と松本城の小笠原貞慶との戦いで戦禍に遭って破却され、およそ五〇年そのままであったという。

享保九年(一七二四)の「信府統記」に「神明宮南向、拝殿二間一尺ニ一間半、惣門二間・一間半、舞屋三間ニ二間半、籠屋五間ニ二間半、内外鳥居アリ、下馬橋一間ニ一間一尺、末社三ケ所、天神権現・飯縄、当社ハ会田組十郷ノ惣社、信州七神明ト云伝フ、嘉祥二年開闢ナリ」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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