前川善兵衛(読み)まえかわ・ぜんべえ

朝日日本歴史人物事典 「前川善兵衛」の解説

前川善兵衛

没年宝永6(1709)
生年:寛永14(1637)
江戸前期,盛岡藩吉里吉里村(岩手県大槌町)を根拠地として活躍した商人。名は富永,2代善兵衛を襲名,通称東屋孫八。17世紀末から三陸産水産物の関東移出などに携わるなかで急成長,同家発展の基盤を作った。前川家は18世紀半ばには盛岡藩の特権商人として最盛期をみるが,その後相次ぐ御用金賦課などにより急速に衰退,18世紀末には没落は決定的となる。が一方で,このころから漁業経営に積極性を示し,遠隔地から海士を雇い 潜漁 を経営するなどユニークな活動を展開。衰退しつつも,漁業家としての前川家の活動は幕末まで続いた。<参考文献>『大槌町漁業史』,小川国治『江戸幕府輸出海産物研究

(高橋美貴)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「前川善兵衛」の解説

前川善兵衛(2代) まえかわ-ぜんべえ

1637-1709 江戸時代前期の商人。
寛永14年生まれ。陸奥(むつ)吉里吉里(きりきり)村(岩手県)の廻船問屋。代々善兵衛を襲名。盛岡藩の御用商人として三陸の海産物をあきない,巨利をえた。宝永6年死去。73歳。のち前川家は度かさなる御用金の賦課のため衰退した。名は富永。通称は東屋(あずまや)孫八。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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