日本大百科全書(ニッポニカ) 「ル・シッド」の意味・わかりやすい解説
ル・シッド
るしっど
le Cid
フランス古典劇の大作家ピエール・コルネイユの五幕韻文悲劇(初版は悲喜劇tragi-comédie)。1637年初演。セビーリャの青年騎士ロドリーグは、恋人シメーヌの父の伯爵が王太子教育係に任命された父をねたみ侮辱したので、伯爵と決闘して殺す。シメーヌは国王に彼の処刑を求める。彼は死を思うが、彼女の変わらぬ愛を知って、おりから侵略したモール人を撃退し、ル・シッド(統領)とたたえられる。シメーヌの代理の騎士との決闘にも勝ち、彼女が結婚できる心境になるまで遠征に赴く。愛と名誉の矛盾を克服し、高邁(こうまい)な行動に向かう心理を雄弁な美文で描き、古典悲劇の形態を確立した。主人公の「父か恋人か、名誉か恋か」の独白は有名。戯曲の構成は2日間の進行、王女のロドリーグへの恋などが三一致(三単一)の法則に背き、また、スペインの戯曲の剽窃(ひょうせつ)だと攻撃され、ル・シッド論争が起こる。リシュリューがアカデミーに『所感』(1637)を発表させ、論争を収めた。
[岩瀬 孝]
『岩瀬孝訳『ル・シッド』(『コルネイユ作品集』所収・1975・白水社)』