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前田利保 まえだ としやす

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美術人名辞典の解説

前田利保

富山藩主。通称啓太郎・出雲守・長門守、字伯衡、号は益斎・自知館・万香亭等。本草学を栗木丹明・岩崎潅園に学ぶ。殖産興行の発達に尽くし、東田地方に薬草園を設ける等、富山の特産売薬業の発達をはかった。著書に『本草通串』『本草大疏』等がある。安政6年(1859)歿、60才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

前田利保 まえだ-としやす

1800-1859 江戸時代後期の大名,本草学者。
寛政12年2月28日生まれ。前田利謙(としのり)の次男。前田利幹(としつよ)の養子となり,天保(てんぽう)6年越中富山藩主前田家10代。農民の救済や陶器,織物,薬草栽培などの殖産興業に尽力。本草学を岩崎灌園(かんえん),宇田川榕庵(ようあん)にまなび,「本草通串(つうかん)」などをあらわす。安政6年8月18日死去。60歳。字(あざな)は伯衡。通称は啓太郎。号は万香亭,弁物舎など。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

前田利保

没年:安政6.8.18(1859.9.14)
生年:寛政12.2.28(1800.3.23)
江戸時代の富山藩主で本草学者。幼名銹之助,啓之助。号は万香亭など。8代藩主利謙の次男,母は美須。義兄利幹の養嗣子。天保6(1835)年富山10万石10代目を継ぐ。国用不足を憂え国産奨励を志し,産物方を興し陶器業,高級織物,製糸業を奨励,御手船を作り年貢米,国産を大坂に廻送した。赭鞭会を開き品物を論評し,富山売薬振興のため自ら本草学を学び,侍医を領内に遣わし珍草奇草を集め,薬草園を作り『本草通串』『本草通串証図』を著した。この作業の中から画家木村立岳らが育ち売薬版画がおきる。秀れた一業を興す中に各種人材の養成されることを知っていた。<著作>『本草通串』『本草通串証図』<参考文献>前田則邦『前田氏家乗』

(高瀬保)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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