日本歴史地名大系 「加島庄・加島」の解説
加島庄・加島
かじまのしよう・かじま
富士川下流域左岸、現
文和四年(一三五五)二月二二日、今川範氏は観応二年(一三五一)二月一日に当庄給主らが実相寺内の八所権現に寄進した「賀嶋庄今井郷友永名内田地伍段」を安堵している(「今川範氏書下」実相寺文書)。のち京都
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
富士川下流域左岸、現
文和四年(一三五五)二月二二日、今川範氏は観応二年(一三五一)二月一日に当庄給主らが実相寺内の八所権現に寄進した「賀嶋庄今井郷友永名内田地伍段」を安堵している(「今川範氏書下」実相寺文書)。のち京都
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半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...