日本歴史地名大系 「加瀬山」の解説 加瀬山かせやま 神奈川県:川崎市幸区南加瀬村加瀬山[現在地名]幸区南加瀬・北加瀬矢上(やがみ)川の東岸の標高約四〇メートルの独立丘陵。山上は旧北加瀬(きたかせ)村と旧南加瀬村の境界。山上の東方を夢見(ゆめみ)ヶ崎(さき)といい、「風土記稿」は太田道灌が当所に築城しようとしたところ、夢に鷲が現れ道灌の兜を持去ったため、これを不吉として築城を断念したと伝える。近年まで冠婚葬祭には当所を避ける慣習があった。山上の北加瀬村域に鎮守の熊野(くまの)社・日蓮宗了源(りようげん)寺、山裾に浄土宗寿福(じゆふく)寺がある。南加瀬村域山上には神明社(現天照皇太神)、山腹に弁財天社・白山社・第六天(だいろくてん)社・浄土宗寿源(じゆげん)寺(廃寺)がある。山上には四世紀代には県下最大規模の前方後円墳白山(はくさん)古墳が築造され、六―八世紀にかけ山上や山腹に多くの円墳・横穴古墳群が造営された。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by