加納宗七(読み)かのう そうしち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加納宗七」の解説

加納宗七 かのう-そうしち

1827-1887 明治時代実業家,地域開発者。
文政10年6月23日生まれ。紀伊(きい)和歌山の人。陸奥宗光らの尊攘(そんじょう)運動にくわわる。慶応3年神戸にうつり,外国事務役所の材木用達,和歌山藩開物局神戸下店の頭取となり,運輸業にも進出。明治5年生田(いくた)川の旧河川敷13.8haをかいとり,うめたてて加納町造成。8年小野浜に港湾を築造した。明治20年5月5日死去。61歳。屋号は有本屋。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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