加藤明尭(読み)かとう あきたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤明尭」の解説

加藤明尭 かとう-あきたか

1740-1785 江戸時代中期の大名
元文5年8月23日生まれ。摂津尼崎藩(兵庫県)藩主松平忠名(ただあきら)の次男加藤明煕(あきひろ)の養子となり,明和4年近江(おうみ)(滋賀県)水口(みなくち)藩主加藤家第2次4代。士民の声をあつめる目安箱を設置して藩政にいかした。天明5年8月10日死去。46歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む