加藤曳尾庵(読み)かとう えいびあん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤曳尾庵」の解説

加藤曳尾庵 かとう-えいびあん

1763-? 江戸時代後期の医師
宝暦13年生まれ。水戸の人。一時三河(愛知県)田原藩医となる。随筆,俳諧(はいかい)をよくし,好事家(こうずか)として知られた。文政8年(1825)ごろから江戸にすみ,大田南畝(なんぽ),山東京伝,渡辺崋山らとまじわった。本姓沼田。名は玄亀別号に南竹。著作に「我衣(わがころも)」「曳尾庵雑記」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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