加藤 歓一郎
カトウ カンイチロウ
大正・昭和期の教育者,伝道師 日登中学校長。
- 生年
- 明治38(1905)年5月10日
- 没年
- 昭和52(1977)年3月15日
- 出生地
- 島根県加茂町
- 学歴〔年〕
- 島根師範学校卒
- 経歴
- 島根県下各地の小学校で教鞭を執る。その間、キリスト教に入信し、教師としての活動の傍ら社会教育や伝道にも従事した。昭和9年「私の学校教育」を刊行。戦後は仁多郡阿井青年学校などの校長を歴任し、学校・社会教育を体系化した産業教育を推進。また、日登中学校長時代には生徒文集「ひのぼりの子」を編集し、新制中学草創期における一つの収穫として高く評価された。退職後は新生活教育の普及と無協会主義による伝道に尽力し、晩年まで雑誌「荒野」を編集するなど精力的に活動した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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加藤歓一郎 かとう-かんいちろう
1905-1977 大正-昭和時代の教育者,社会運動家。
明治38年5月10日生まれ。島根師範卒業後,郷里島根県農村部の小中学校で教員をつとめ,在職中に受洗。戦後,学校・社会教育を産業教育として体系化。退職後は,新生活運動の普及と無教会主義にたつ伝道につくした。昭和52年3月15日死去。71歳。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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