学校教育以外の社会において行われる教育活動。「社会教育」という語は、日本独特の概念で明治期から使われ、1892年(明治25)には、山名次郎(1864―1957)が『社会教育論』を著している。社会を意識した人間を形成する教育のように、社会性を養う教育という意味の英語、social educationに近い用法もみられたが、通常は学校教育に対して、社会のなかで行われる教育を意味した。明治期における学校制度が欧米をモデルにしていて、社会とのずれが大きかったことが、この概念の成立の背景にあると考えられる。ここには、意図的でない人間形成作用も含まれていた。
[上杉孝實]
明治から大正にかけて、「社会教育」に近い官庁用語としては、フランス語のéducation populaireの訳語と思われる「通俗教育」がよく用いられた。「社会」ということばが、社会主義を連想させるので忌避されたといわれている。それでも「社会教育」は使われ続け、1921年(大正10)には文部省も公用語として採用するようになる。このころは、講座・学級以上に団体活動や生活改善運動を意味することが多く、37年(昭和12)以後は政府の進める国民精神総動員運動の一翼を担うものとしての性格が濃くなっていく。当初、社会のなかでの影響を意味した「社会教化」も、社会教育と重ねて考えられていたが、しだいに「教化」は教え込みとして受け止められるようになる。
1949年(昭和24)成立の社会教育法では、「この法律で」と定義し、社会教育は「学校教育法(昭和22年法律第26号)に基き、学校の教育課程として行われる教育活動を除き、主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動(体育及びレクリエーションの活動を含む。)をいう。」とされ、意図的な教育活動に限定した概念規定が示された。第二次世界大戦前には社会教育施設が乏しく、団体中心の社会教育がみられたが、戦後は施設の重要性が強調され、公民館の普及が図られ、図書館法や博物館法もつくられて、しだいに発展を示すようになった。戦前は官製のものが多かった団体についても、社会教育法は、社会教育関係団体は公の支配に属しないものと規定し、社会教育主事についても命令・監督をすることが禁止された。
民主化や新生活運動との関連で、学校における社会学級や講座の開設が促され、公民館などを拠点に各地で青年学級、婦人学級など学級・講座が多く開かれるようになる。1954年、生活課題について、共同で調べ、話し合い、解決の方向を探る共同学習が、日本青年団協議会によって提唱され、学級を中心に広がりをみせるようになる。60年代以後高度経済成長に伴って、地域の解体や公害が問題になり、これらに取り組む学習も盛んになり、体系的・科学的な学習の重要性も指摘されるようになる。
1965年に、ユネスコ(国連教育科学文化機関)で提起された生涯教育の考えは、日本の社会教育にも大きな影響を与え、学校教育と社会教育の連携や結合が強調され、大学開放も促された。また、教育委員会のみならず、首長部局のかかわりが強められる。87年の臨時教育審議会(臨教審)の第三次答申が「生涯学習社会への移行」を打ち出したこともあって、このころから生涯学習に社会教育を包摂するような動きも目だつようになる。98年(平成10)成立の「特定非営利活動促進法」(NPO法)は、非営利団体(NPO)が特定非営利活動を行うにあたって法人格をとりやすくするもので、「社会教育の推進を図る活動」や「文化、芸術又はスポーツの振興を図る活動」なども、その特定活動に含まれている。公的社会教育とともに民間の社会教育活動がどのように発展するかが注目されている。
社会教育では、生活課題学習が重視され、住民自治との関連で住民の主体形成が理念とされて、成人のみならず青少年も含めて相互教育の展開にその特性がみいだされている。地域づくりともつながる、学習と実践の結合も強調されてきた。差別をなくすための社会同和教育とともに展開されてきた識字教育は、成人基礎教育として生活を支えるあらゆる学習と結合して推進されなければならない。男女平等や多文化・多民族共生社会の実現に向けて、人権教育の充実も課題となっている。
[上杉孝實]
欧米では、日本の社会教育に一致する概念はない。成人教育やユース・ワークyouth work(青少年事業)がほぼこれに近いが、前者はかならずしも学校教育を排除する概念ではないし、後者は教育としてよりも社会事業として展開されてきた。イギリスでの成人教育としては、18世紀以後盛んになった、宗教活動の一環として民衆に聖書を読む力をつけるための識字教育や、コーヒーハウスでの科学・文化クラブ活動がある。19世紀には、成人のための学校も増え、後半からは大学人が地方に出かけて組織的に成人教育を行うようになり、大学拡張university extensionとよばれ、以後大学開放の動きが強まる。20世紀初頭には労働者教育協会(WEA)も設立されて、大学との連携などによって、労働者への教養教育の普及が図られてきた。1920年代以後大学に構外教育部が設けられるようになり、成人教育専任の教員の配置が進む。なお都市に公共図書館の設置を図る1850年の公共図書館法で、公立図書館無料の原則が確立した。
1944年の教育法以後発達してきた継続教育カレッジや、夜間学校などから発展した成人教育センターなどによって、地方教育当局のかかわる成人教育も広がってくる。青少年活動としては、19世紀に結成されたYMCAやYWCA、20世紀初頭に始まったボーイスカウトやガールガイド(ガールスカウト)のように、民間運動が目につくが、60年代には、ユース・サービス(ユース・ワーク)にも力が入れられ、ユース・クラブの設置やユース・ワーカーの配置が進んだ。70年代からは、学校型の成人教育に参加しない人々に目を向けて地域での課題に取り組むコミュニティ教育も活気を呈し、ユース・ワークとの統合も図られ、とくにスコットランドでは、この概念のもとに、あらゆる教育活動を統合する政策がとられるようになる。一方、経済重視の政策の影響もあって、大学では専門職業教育を中心とした成人教育も増大し、構外教育部の流れを受け継ぐ成人教育部が継続教育部や継続教育センターに変わるところが増えてくる。88年の教育改革法や92年の継続教育・高等教育法によって、継続教育カレッジは地方教育当局の手を離れ、独立的地位にあるが、資金を通じて中央政府の影響力が強まっている。
北欧諸国では、19世紀なかばにデンマークで創設された宿泊型の民衆大学Folke-Højskole(国民高等学校、国民大学、市民大学などともよばれる)が普及し、このほか、スウェーデンでは、公的補助を受けるスタディ・サークルの活動が有名である。ドイツやオーストリアでも、多くは非宿泊型であるが、民衆大学Volkshochschuleが発達している。フランスでは、20世紀初めから、多くの民間団体のアソシアシオン(アソシエーション)が、公的援助も受けながら成人教育活動を展開している。
アメリカでは、19世紀に入るころから、州立大学が設置され、地域の産業振興という観点から成人教育が促進される。私立大学でも、拡張部を設けて、大学開放事業を推進している。20世紀以後、短期大学は、地域のだれもが学ぶことのできるコミュニティ・カレッジとして、成人教育にも大きな役割を演じている。大学拡張による成人教育は、カナダなどイギリス連邦諸国によくみられるものである。
アジアのなかでも、韓国や台湾では、社会教育の概念が存在するが、インドネシアなど東南アジア諸国では、ノン・フォーマル教育の名称のもとで、学校外教育の振興が図られている。
[上杉孝實]
『宮坂広作著『近代日本社会教育史の研究』(1968・国土社)』▽『国立教育研究所編『近代日本教育百年史』7~8(1974・国立教育研究所)』▽『小川利夫編『現代社会教育の理論』(1977・亜紀書房)』▽『小堀勉編『欧米社会教育発達史』(1978・亜紀書房)』▽『永杉喜輔・藤原英夫編『改訂社会教育概説』(1981・協同出版)』▽『日本社会教育学会編『社会教育の国際的動向』(1987・東洋館出版社)』▽『日本社会教育学会編『社会教育の創造』(1988・東洋館出版社)』▽『上杉孝實著『地域社会教育の展開』(1993・松籟社)』▽『小川利夫著『小川利夫社会教育論集』全8巻(1992~2001・亜紀書房)』
学校教育以外の領域において組織される教育・学習活動の総称であって,ときにひろく文化活動やスポーツ活動も含まれる。
社会教育という用語は日本独自のものであって,欧米では一般にadult education(英語),Erwachsenenbildung(ドイツ語),éducation populaire(フランス語)など成人教育,民衆教育の語が用いられる。近代以降の社会教育をみると,国家による民衆教化に抗して,社会的に自立した成人や勤労青年をその主体とし,自己教育活動をその本質ととらえようとする思想と実践が展開されてきた歴史がある。イギリスでは,労働者教育協会Workers' Educational Association(WEA)やYMCAや大学などが,国庫補助をうける責任団体として,自由な意志にもとづく自立的で多様な教育活動を行っている。これらは,チャーチズム運動の時期に自己教育運動として発展をみる労働者の学習活動,キリスト教民主主義者の教育運動,大学拡張運動University Extension,協同組合運動,それらの流れをうけて創立されるWEA(1903)などの学習活動の伝統に支えられて発展をみたもので,その自由と自主性は,第1次大戦後の国家による成人教育の制度的整備過程においても守られてきた。
日本では,戦後教育改革のもとで生まれた社会教育法(1949)が,社会教育を〈すべての国民が……自ら実際生活に即する文化的教養を高め〉る営みとしてとらえ,そのための環境醸成を国と地方公共団体に求め(3条),国と地方公共団体によるいかなる統制的支配や干渉も禁じて(12条),国民の権利としてその自由と自主性を保障している。第2次大戦前は,自由と権利の抑圧のうえに組織された教化のための社会教育であったが,戦後はその反省のうえに立ち,教育基本法に見られるように,民主的な社会をつくる一員として,自主的な人間形成をめざす(1条)教育となっている。近年,硬直化した現代の教育制度の再編をうたう生涯教育が提唱されている。そして,これを社会教育に代わる概念として用いようとする主張もある。しかしこの思想は,学校の内と外の多様な教育的機能を有機的に結合して生涯にわたる教育機会を保障しようとするものであるから,その組織主体がだれであるかを問うことなしには,自己教育の理念を中核に形成されてきた社会教育の概念と同一にとらえることはできない。
社会教育活動の形態は,施設による事業,団体による活動,大学など学校教育機関の開放,の三つに大きく分けられる。まず公民館,図書館,博物館などの場合,専門職員を配置して,施設・設備,図書,資料,展示物などの利用サービスの提供,市民大学,婦人講座,青年教室などの学習活動の主催,各種の研究集会や文化行事の開催,あるいはグループ活動の相談・助言にあたるなどの機能をはたしている。近年は,公立施設の運営や事業の企画・実施に住民参加をとり入れ,受動的な利用でなく,活動内容の自主的創造をめざす動きもすすんでおり,体育施設においても,指導サービスや自主グループ育成がこころみられているが,他方,青少年の団体活動訓練の場としての性格をもった青年の家,少年自然の家もある。団体による社会教育活動は,もっともひろくみられる活動であって,小規模のグループ,サークルから地域,都道府県,全国それぞれに基盤をもつ婦人会,青年団,子ども会やスポーツ組織,PTA,そのほかの教育文化団体にいたるまで多様なものがあり,その規模,形態,内容を問わず自由で自主的な活動が期待されている。学校開放事業は,労働者の自己教育運動と結びついて発展をみせたイギリスの大学開放事業や,地域と結合して実学的な性格をもつコミュニティ・カレッジを発展させたアメリカの例などに比して,日本の経験は乏しい。特設学科や農業青年の特別受入れと地域住民に協力しての農民大学開設をこころみた岩手大学の例以外は,本格的な開放事業は少なく部分的な開放サービスの域を出ていないが,近年,地方公立大学では地域住民への開放が積極的にこころみられはじめている。これら三つの領域は相互に結びつくものであって,地域の学習グループや文化団体が図書館や公民館づくり運動を起こして,設計や配置,事業計画や運営に住民参加を実現して自主活動の拠点をつくった例,住民の学習活動の高まりが大学をはじめ学校教員の協力を求めて民衆大学を創設させたりユニークな開放講座を生み出す事例もあり,また職員の働きかけで地域に多くの自主グループが生まれる例もある。
社会教育は,国民錬成と労働力陶冶をめざす国家による〈上からの要求〉と,民衆の知的・社会的解放を保障する権利として教育機会の拡大を求める〈下からの要求〉の〈合流・混在〉(宮原誠一)として現出する。後進資本主義国として急激な近代化をはかった日本が,学校教育制度の整備をすすめるさいに掲げた〈富国強兵・殖産興業〉のスローガンと〈教育勅語〉の精神は,成人を対象とする教化政策の基軸でもあって,戦前の社会教育を性格づけていた。青年に例をとると,近代化の過程で解体のすすんだ〈若者組〉などの地方青年組織を,内務省と文部省は自覚的な青年や地方名望層の指導を求めて地域青年会(青年団)として再編させ,国民教化態勢強化のための地方改良運動の展開と通俗教育調査委員会設置(1911)などの施策のなかで幾度か訓令を発して,地域共同体における伝統的秩序と国家意識を浸透・定着させる修養団体として育成した。低廉な労働力形成のねらいから設置されていた実業補習学校(1893)は,のちに軍部の要請でつくられた青年訓練所(1926)と合体して青年学校となる(1935)が,政府は青年団員にこれらへの入学を奨励(のちに義務化)して,国民教化,労働力陶冶,兵士養成を一体化させたのである。地域共同体に基礎をおいた団体育成によって国民教化をすすめる方法は婦人に対しても同様であって,日清戦争出征兵士慰問を契機に組織された婦人会をはじめとして,地方改良運動,教化総動員,隣組の組織化,国防意識の高揚などに積極的に動員をはかり,青年とともに教化活動の重要な担い手として育成した。これに対して,民衆の自主的な学習運動は,明治期には,自由民権運動を担った各地の結社が組織した政治問題や人権思想の学習活動,青鞜社にみる婦人解放運動や片山潜の指導した労働運動のなかでの学習活動をあげることができるが,いずれも集会条例や治安警察法の規制,さらには民衆教化事業の展開によって封じ込められる。
大正期には,普選運動の高まりのほかに,労働争議,小作争議の激化のもと,全国的に労働学校や農民学校が生まれる一方,長野県上田地方の農村青年が新進気鋭の評論家や大学教師などを招いて開催した自由大学が各地にひろがる動きがみられ,また官僚の指導や干渉を排して青年による自治を掲げた〈青年団自主化運動〉も展開された。しかし,こうした民衆による本格的な社会教育活動の芽生えに対しては,治安維持法を頂点とする弾圧とともに,協調会による労務者講習会,内務省指導下の青年団天幕講習会,文部省による成人教育講座など民衆をとらえようとする新しいこころみが,臨時教育会議設置(1917)にみられる国民教化事業の全体的な強化のもとでなされていったのである。
昭和に入り,農村恐慌下で展開された自力更生運動は,内務省が明治以降一貫して民衆思想統制の中軸としてきた報徳思想のいっそうの浸透と戦争協力態勢づくりという実質をもって,青年会,婦人会などを動員し学校を包みこんで村ぐるみですすめられる一大教化運動であった。やがてあらゆる団体が大政翼賛会に編入されるに至って,社会教育は政治そのものに変質していく。以上のような第2次大戦前の日本の状況下では,自立的な教育・学習活動の拠点として図書館や博物館が機能しうるはずもなく,施設活動は少数の良心的な活動や青年運動が生み出した農村図書館づくりのわずかな例があるのみで,貧困をきわめる。
第2次大戦後,文部省の提唱になる公民館が国民の間に民主主義思想を定着させる社会教育活動の中核として普及されたが,封建的因襲の打破や生活改善,新憲法の理解や投票の棄権防止運動などの啓蒙的性格の濃い活動が主であった。やがて民衆の間の自主的な学習・文化活動の高まりと結びつき,社会教育法成立(1949)によって戦後教育改革の理念の裏づけをうるなかで,社会教育は自己教育活動的な性格をもちはじめ,生活の現実や社会問題をとりあげる学習活動が展開する。1950年代後半の青年・婦人のグループ学習,労働者のサークル活動,母親運動や平和運動の高まりに対しては,59年社会教育法の大幅な改正による行政指導の強化と補助金支出による団体指導がこころみられるが,60年代以降は,農民大学のような農村青年の自主的な学習運動の全国的なひろがりと,地域開発や公害をめぐる住民運動や高校全員入学運動,親子読書,親子映画,子ども劇場など地域の父母,教師,住民の協力による教育文化運動の発展がみられる。
このようななかで民衆の学習要求にこたえようとする職員の自覚が高まり,公的な社会教育の充実がすすんでいく。公民館についてみれば,その自由と自立性,施設・設備,職員をふくめた機能充実,日常生活圏域内の設置,住民参加による運営という原則がひろく確認され,それにもとづく公民館設置がすすんでいる。図書館については,〈図書館の自由に関する宣言〉(1954,日本図書館協会)や中小都市図書館調査などによって,自治体の図書館整備がすすめられた例があげられる。最近の生涯教育政策の推進のもとで,自治体の首長部局主導のもとでの教育行政の〈一元的〉再編,放送大学や民間教育産業による情報提供システムの上からの整備,サービス充実と住民との密着を名とする公立施設の民間団体や地元住民組織への管理運営委託などが生み出されている。これは,住民が参加して人びとの要求にねざした学習活動を自治的に創出するという自己教育活動を中軸とした社会教育とは逆の方向であって,教育行政の自立性と基本任務の放棄につながるものとして注目される。
→公民館
執筆者:島田 修一
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(新井郁男 上越教育大学名誉教授 / 2007年)
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…社会教育を,ひろく国民の間で行われる自主的な教育,文化,スポーツ活動としてとらえ,その自由の保障と振興のために,国および地方公共団体のなすべき任務を定めた総合的な法律。1949年公布,7章と付則から成る。…
…学校における教科としての体育である学校体育に対する用語として用いられる。1949年制定の社会教育法との関連で,文部省で用いられた日本特有の用語概念である。社会教育法では社会教育を,〈学校の教育課程として行われる教育活動を除き,主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動(体育およびレクリエーションの活動を含む)〉と定義しており,そのなかに社会体育も含まれている。…
…1965年,パリで開かれたユネスコの成人教育推進国際委員会で,P.ラングランが提唱し採択されて以来,国際的に注目され展開されるようになった。このことからも知られるように,今日の生涯教育論は元来,歴史的には学校教育の開放あるいは延長として自覚されてきた社会教育(成人教育)の発展に負うところが多い。その意味では,第1次大戦後に一般化されはじめた学校教育終了後の継続教育としての社会教育の考え方,さらにさかのぼって,18世紀啓蒙思想における人権教育の思想とも,それは歴史的に無関係ではない。…
※「社会教育」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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