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勝能進 かつ のうしん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

勝能進 かつ-のうしん

1821-1886 幕末-明治時代の歌舞伎作者。
文政4年生まれ。三亭春馬,2代河竹新七(黙阿弥)に師事。嘉永(かえい)7年繁河長治の名で江戸河原崎座につとめ,のち2代勝諺蔵(げんぞう)とあらためる。慶応4年(1868)市村座の立作者となり,大阪にいき子の浜彦助(3代勝諺蔵)とともに活躍。明治11年能進と改名。明治19年10月26日死去。66歳。江戸出身。本名は高田文助。後名は河竹能進。作品に「桜田雪(はなふぶき)誠忠美談」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

かつのうしん【勝能進】

1821‐86(文政4‐明治19)
幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎作者。本名高田文助。幼名高蔵。父は幇間の荻江栄蔵とも伝えられるが不詳。浅草諏訪町の提灯問屋の株を持つ。眼丸と称し素人浄瑠璃で寄席へ出たり,戯作者三亭春馬の門下となったのち,河竹黙阿弥(当時新七)の門に入り狂言作者となる。1854年(安政1)繁河長治の名で河原崎座に初出勤。57年(安政4)竹柴諺蔵,65年(慶応1)勝諺蔵と改める。師の作品の助筆を勤める一方で,同僚の竹柴濤治とともに,諺蔵,言彦,河流舎の名で1858年刊《江戸桜清水清玄(えどざくらきよみずせいげん)》など師の原作になる草双紙を書く。

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