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幇間 ほうかん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

幇間
ほうかん

太鼓持ち,末社ともいう。男芸者のこと。酒席で遊客に座興を見せ,遊興のとりもちをする。吉原に限り太夫と呼ばれた。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

幇間

男芸者として宴席で客の相手をしながら、芸で座を盛り上げる。戦国武将の話し相手を務めた「御伽衆(おとぎしゅう)」が始まりとも言われる。岐阜の幇間は1人。全国でも数少ない。「長良川鵜飼(うかい)」の舟に乗り込んで舟遊びを盛り上げる岐阜市の芸舞妓は明治以来の伝統があり、喜久次さんは幇間として伝統を受け継ぐ。

(2015-11-06 朝日新聞 朝刊 岐阜全県・1地方)

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デジタル大辞泉の解説

ほう‐かん〔ハウ‐〕【×幇間】

《「幇」は、たすける意》宴席などで客の機嫌をとり、酒宴の興を助けるのを職業とする男。太鼓持ち。男芸者。

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百科事典マイペディアの解説

幇間【ほうかん】

遊客に従って宴席の座興をとりもつ男。太鼓,男芸者,太鼓持(たいこもち)とも。宝暦ごろ職業として現れ,化政期に最盛となった。彼らは一芸にひいでるもの多く,特に桜川を名のる太鼓持が名高かった。
→関連項目桂文楽芸者

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうかん【幇間】

宴席で客の座興をとりもつことを業とする男。俗に太鼓持(たいこもち)(略して太鼓)というが,ほかにも弁慶,末社(まつしや),男芸者などの別称が多い。古く《あづま物語》(1614)に〈太鼓持〉の語があるが,詳細はわからない。初めは客が個人的に同伴した案内者だったようで,戦国武将における御伽衆(おとぎしゆう)のような存在であったかと思われる。しかし,元禄期(1688‐1704)には専業の幇間が現れており,《諸国色里案内》(1688)には〈此(この)道のわけしり,揚屋(あげや)の手引するものを太鼓〉とあって,遊里の案内者として遊郭外から連れていくべきものとされた。

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大辞林 第三版の解説

ほうかん【幇間】

宴席などで遊客の機嫌をとり、滑稽な動作・言葉によって座をにぎやかにすることを職業とする男。たいこもち。男芸者。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

幇間
ほうかん

宴席に興を添える職業の男。太鼓持ち、男芸者などという。初めは遊里の案内者として遊客に同伴されていたが、元禄(げんろく)(1688~1704)ごろにはこれを職業として遊興の助言をするようになり、宝暦(ほうれき)年間(1751~64)に遊芸をもって宴席の遊戯的気分を盛り上げる職業人として独立した。幇間を太夫(たゆう)・師匠とよぶのは、彼らが一中節(いっちゅうぶし)・清元(きよもと)などの音曲を表芸にすることが多かったことによる。ただし幇間としては、表芸を演じるのでなく、それを基礎として新古の演芸、物真似(ものまね)、声色(こわいろ)、舞踊などの多芸にわたり、それを即興的、滑稽(こっけい)的にみせるのを特色とする。
 遊廓(ゆうかく)や私娼(ししょう)街のほか、市中に住む幇間もいたが(野(の)太鼓という)、江戸では吉原の幇間を一流とし桜川甚好(じんこう)・同善好(ぜんこう)らが有名となった。一方では、無芸で客に世辞をいって収入を計る卑屈な幇間があり、追従(ついしょう)者を「太鼓持ちのようだ」とさげすむのは、これに原因する。明治・大正期の花柳(かりゅう)界の盛況で幇間も増えたが、現在は数名が残るにすぎない。[原島陽一]

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