勝虎城跡(読み)しようとらじようあと

日本歴史地名大系 「勝虎城跡」の解説

勝虎城跡
しようとらじようあと

[現在地名]福井市舟橋

九頭竜くずりゆう川の南岸、北陸街道の渡河地点にあたる交通の要衝に立地。南北朝期より近世まで存在した。

「太平記」巻二〇によれば、延元三年(一三三八)五月、新田義貞は敵の足羽あすわ七城を攻め、「三番ニ細屋右馬助、千余騎ニテ河合ノ庄ヨリ押寄、北ノ端ナル勝虎城ヲ取巻テ、即時ニ攻落サント、屏ニツキ堀ニツカリテ攻ケル処ヘ、鹿草兵庫助三百余騎ニテ後攻ニマハリ、大勢ノ中ヘ懸入テ面モ振ラズ攻戦フ」とある。南北朝時代勝虎与一兵衛政澄が居城したため城名になったといわれ、別名黒竜くろたつ城・舟橋ふなばし城ともいう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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