1930 North-Izu earthquake
1930年11月26日4時3分ころに起こった。M7.3。11月初旬から北伊豆地方に小地震が頻発し,しだいにその勢力を増し,ついにこの地震になった。地震に伴って現れた丹那断層は,北は田代付近から南は浮橋に至り,さらに南西の方向に大野・加殿を通って青羽根にまで達している。断層に沿う上下の落差はあまり著しくなく,水平方向の運動は西側が東側に対し最大2~3m南へ移動した。地震被害は死者272人,全壊家屋2,165戸。前震のあった地震の一例である。
執筆者:那須 信治
出典 平凡社「最新 地学事典」最新 地学事典について 情報
…1944年の東南海地震(M7.9)と1946年の南海道地震(M8.0)もこの例であるが,このときは南海トラフの東端(駿河トラフと呼ばれる)までは震源域が広がらず,駿河湾から御前崎沖にかけては,安政地震以後破壊せず残っているものと考えられる。内陸部から日本海岸沖合にかけても,M7前後の大地震による災害が比較的多く,昭和年代にも1927年丹後地震(M7.3),1930年北伊豆地震(M7.3),1945年三河地震(M6.8),1948年福井地震(M7.1),1964年新潟地震(M7.5)などが数えられる。特に岐阜県とその周辺は745年(天平17)の天平地震,1586年(天正14)の天正地震,1891年濃尾地震(M8.0)のようにM8前後の巨大地震も起こる。…
…狩野(かの)川支流の柿沢川が盆地を貫いて西流し,現在では盆地内は水田化している。丹那盆地を有名にしたのは1930年の北伊豆地震で,その際盆地を南北に横切る丹那断層が活動し,東側が北方に,西側が南方に動く左横ずれの変位を生じた。盆地南端では2.6mの水平ずれを示す水路や石垣跡が残され,35年に国の天然記念物の指定をうけている。…
※「北伊豆地震」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 人から受けた礼・贈り物に対して行為や品物で報いること。また、その行為や品物。「地酒を贈って返礼する」2 仕返しをすること。また、その仕返し。意趣返し。返報。[補説]書名別項。→返礼[...