北田町(読み)きたたまち

日本歴史地名大系 「北田町」の解説

北田町
きたたまち

[現在地名]仙台市通町(とおりちよう)一―二丁目・柏木(かしわぎ)一丁目

通町の東裏、堤(つつみ)通の西裏にあり、北は臨済宗光明(こうみよう)寺門前、南は北七番(きたしちばん)丁に突当る。正保仙台城絵図では城下内にありながら町割は行われず空白であるが、町名から田地であったとも思われる。南の商人町田町に対しての町名か。寛文八―九年(一六六八―六九)の城下絵図では足軽衆とあり、「奥陽名数」に弓(ゆみ)ノ町とも称するとあるように、弓組足軽が配された。


北田町
きたたまち

[現在地名]松江市北田町

南田町の北に位置する侍町。南田町との間を東西に延びる堀が限る。西は堀を挟んで北堀(きたほり)町、北は同じ堀を挟んで菅田(すがた)村、東は西川津(にしかわつ)村の沼沢地。成立の経緯は南田町と同じ。堀尾時代城下図に武家屋敷の町割がみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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