北面新田(読み)きたもしんでん

日本歴史地名大系 「北面新田」の解説

北面新田
きたもしんでん

[現在地名]倉敷市連島町矢柄つらじまちようやがら

連島村の北に開発された矢柄村分の新田。寛永六年(一六二九)東隣の西阿知新田に続いて干拓着手、明暦二年(一六五六)に完成したとされる。天保郷帳には「連島矢柄村之内北面新田」とあり、高一三一石余。「備中村鑑」では北面新田一一五石余と同分郷二九石余があり、ともに幕府領。明治八年(一八七五)西之浦村のうちの北面新田と合併して北面新田村となり、同一〇年に分村して当村は連島村に合併する。


北面新田
きたもしんでん

[現在地名]倉敷市連島町西之浦つらじまちようにしのうら

連島村の北西部に開発された西之浦村分の干拓新田。明暦年間(一六五五―五八)の開発とされる。天保郷帳には「連島西之浦村之内北面新田」とあり、高二一七石余。「備中村鑑」では北面新田一一五石余と同分郷二九石余があり、ともに幕府領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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