三宅国秀(読み)みやけ くにひで

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「三宅国秀」の解説

三宅国秀 みやけ-くにひで

戦国時代豪族
備中(びっちゅう)(岡山県)連島領主水軍による琉球遠征をくわだて,永正(えいしょう)13年(1516)薩摩(さつま)(鹿児島県)坊津島津忠隆に討滅されたという。この一件は天文(てんぶん)2年(1533)島津氏から琉球王国へおくられた書状にのべられているが,琉球貿易独占をねらって島津氏がつくった虚構の事件とみられる。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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