日本大百科全書(ニッポニカ) 「区限刺しゅう」の意味・わかりやすい解説
区限刺しゅう
くげんししゅう
織り目、キャンバス目を数えて刺す刺しゅうの総称。クロスステッチ、アッシジ刺しゅう、ハーダンガー刺しゅう、スウェーデン刺しゅう、スーダン刺しゅう、フローレンス刺しゅう、キャンバス刺しゅう、ケルムステッチ、スミルナステッチ、ネット刺しゅう、こぎん、絽(ろ)刺しなどがある。
[木村鞠子]
クロスステッチ
布目やキャンバスの目を数えながら、刺す糸を交差させていく簡単な手法である。
〔由来〕4世紀ビザンティン時代にトルコで始められたといわれ、その後イタリアからヨーロッパ全土に広がった。国によっていろいろの特徴があり、スラブ人、アジアの民族は、赤、紺、紫、緑、黄、黒などの色彩を多く使った。その後、今日に至るまで、多くの人々に好まれている。
〔布地〕縦・横の布目が正しく、織り目の数えやすい布を選ぶ。ジャバクロス、オックスフォード、コングレス、ドンゴロス(ヘシャンクロス)、麻、毛織地など。例外として、布目の数えにくい絹地、そのほか織り目の細かいもの、布地に斜めに模様を刺したいときなどは、抜きキャンバスを好みの位置にしつけ糸で軽くとじ付け、キャンバスの上から刺して、あとからキャンバスの糸を抜く方法もある。
〔刺し方〕織り目を数えながら刺すが、かならず上に交差する糸が同じ方向になるように刺す。たとえば、クロスの1目、1目が、左上から右下にかかる糸を上側になるようにする。針は先に少し丸みをもったものが刺しやすい。
〔糸〕25番・5番刺しゅう糸、麻刺しゅう糸、毛糸、化繊糸など。
〔用途〕室内装飾品、服飾、袋物、小物類など、使われる範囲は広い。
[木村鞠子]
アッシジ刺しゅう
最初に輪郭を刺し、次に模様の周りをクロスステッチで刺し埋めていく刺しゅうである。
〔由来〕聖フランシスコ生誕の地、イタリア中部のアッシジの町に伝えられたもので、この名がつけられている。特徴は、模様の部分を地布のまま残し、輪郭を濃いめの色で刺し、模様の周りを刺し埋める。模様の多くは鳥、動物、花などである。
〔布地・糸・用途〕クロスステッチと同じ。
〔使われるステッチ〕ホルベインステッチ(ダブルランニングステッチともいわれて、往復で刺していく手法)を使って輪郭を刺し、あとはクロスステッチで刺す。
[木村鞠子]
ハーダンガー刺しゅう
ノルウェーの民俗手芸といわれる刺しゅうと、ドロンワークの技法が組み合わされている。
〔由来〕ドロンワークが16~17世紀にヨーロッパ全土に広がり、その手法と、ノルウェーのハーダンガー地方の独特の素朴さと、しかも大胆で立体感をもつこの刺しゅうがいっしょになってできたものである。元来は、白糸や未晒(みざら)し色の1色で刺されているものが多かったが、最近は色糸も使われている。
〔布地〕粗(あら)目の平織で織り目のあまり密でない、糊(のり)気のない生地を選ぶ。コングレス、オックスフォード、ベンガルクロス、ジャバクロス、麻地、ウール地など。
〔糸〕刺しゅう糸(布地によって太さを選ぶ)、綿糸、麻糸、毛糸、甘撚(よ)りレース糸など。
〔使われるステッチ〕ドイツかがり、オープンワーク、ストレートステッチ、ダーニングステッチ、ロールステッチ、ウィービングステッチ、サテンステッチ、バックステッチ、フォアサイドステッチ、スパイダーステッチ、七宝(しっぽう)かがり、千鳥かがり、星かがり、その他いくつかの応用ステッチがある。
〔注〕刺すときは、初めから終わりまで結び玉をつくらずに、ぐし縫いし、返し針などで処理をする。刺す方向は手前からすくい、左から右へ進む。
〔用途〕室内装飾品、衣服、服飾用小物類。
[木村鞠子]
スーダン刺しゅう
特殊な布地の布目を拾って、こぎんのように横に刺し進む刺しゅうで、スーダンステッチともいう。
〔由来〕20世紀初めごろオランダで始められたといわれている。もとは、掃除用のモップに使われた木綿地に、太い色糸で模様をつくりながら刺した。チロール地方にも、これと同じように、粗目の布の布目を拾って極太(ごくぶと)毛糸で刺すものがあり、プントベッキョチロロ(チロール風の刺しゅう)とよばれている。
〔布地〕ワッフルクロス、スーダンクロス、ドンゴロスなど。
〔注〕布地がほつれやすいので、切り端にミシンをかけておくとよい。
〔糸〕極太毛糸、太めの木綿糸、合繊糸など。糸が細めの場合は、数本あわせて使う。
〔針〕長くて太い、先の平たい特殊な針があるが、先の丸い針や毛糸針でも代用できる。
〔使われる模様〕刺し方はダーニングステッチの応用で、一目かのこ、うろこ、ジグザグ、丸つなぎ、四角、花菱(はなびし)、菱模様などいろいろある。これらの連続模様のほか、用途によっては単独のとばし模様に刺すこともある。
〔用途〕室内装飾品が主であるが、袋物や、布地によっては衣服にも応用できる。
[木村鞠子]
フローレンス刺しゅう
同色系の濃淡で、縦に山形に刺して炎のようにぼかしていくので、炎の刺しゅうともいわれる。
〔由来〕15世紀、イタリアのルネサンス時代には、プントウンゲリア(ハンガリアステッチ)とよばれていた。当時、フィレンツェの名家メディチ家に嫁したハンガリーの王女の嫁入り支度のなかに入ってイタリアに持ち込まれ、のちにイタリアでプントフィアンマ(炎の刺しゅう)と名づけられた。
〔布地〕キャンバス地、ドンゴロス、コングレス、粗目の麻地など、縦・横の布目が正しく、目の数えやすい布地。
〔糸〕刺しゅう糸、絹糸、毛糸など。
〔使われるステッチ〕サテンステッチ、ストレートステッチ。
〔用途〕室内装飾品、衣服、袋物など。
キャンバス地を使うので、キャンバス刺しゅうのなかに入れることもある。
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キャンバス刺しゅう
キャンバスの目を数えながら針で刺していく場合と、タッピーを使って刺す場合とがある。
〔種類〕ゴブランステッチ、ビザンティン風ステッチ、ハーフクロスステッチ、ケルムステッチ、タッピーを使うスミルナステッチなど、布地を使ったりキャンバスを使ったりする場合と、両方に属するものがある。
〔布地〕キャンバス地。織り糸が1本ずつと2本ずつがあるが、1本ずつを使う場合はコングレスを使うこともある。キャンバス地にはドイツ製と日本製の、細かい目のもの、粗い目のものがあるので用途によって選ぶ。
[木村鞠子]
ハーフクロスステッチ
綴織(つづれおり)に似た刺しゅうで、キャンバス地に横に芯(しん)糸を1本渡し、それにクロスステッチの半分を斜めに刺して全体を埋めていくのでこの名がある。
〔由来〕15世紀ごろから使われていたといわれる。全体を刺し埋めるので織物の感じになる。このステッチに似たものに、テントステッチ、ゴベリンステッチがある。ゴベリンステッチはフランスの染織家の名をとったもので、ゴベリン家でつくっている織物のタピストリーに似せてキャンバス地に刺す。ゴベリン家の織物は俗にフランスのゴブラン織として有名である。
〔布地〕キャンバス地、コングレス。
〔糸〕甘撚り糸が適する。ソフトエンブロイダリー、25番刺しゅう糸、こぎん糸、毛糸など。
〔ステッチ〕ハーフクロスステッチ(芯(しん)糸入り)、応用としてテントステッチ、垂直ゴベリンステッチ、斜めゴベリンステッチを部分的に使うこともある。
[木村鞠子]
ケルムステッチ
ケルムワークともいわれ、キャンバス地に多色配色でメリヤス刺しゅうの感じに刺していくもので、編物の編み込み模様に似ている。
〔由来〕古くはペルシア(現在のイラン、イラク)でつくられたじゅうたんのことで、ペルシアが発祥の地といわれる。
〔布地〕ジャバキャンバス。ラグキャンバス。
〔糸〕甘撚り極細(ごくぼそ)から極太毛糸まで、用途によって使い分ける。一定の長さに切っておく。
〔使われるステッチ〕縦にV字形にストレートステッチで片側を刺し、反対側を刺し戻る、横、斜めに刺す方法もある。
〔用途〕ハーフクロスステッチ、ケルムステッチともに、室内装飾品、小物類のほか、衣服に部分的に使われることもある。
[木村鞠子]
スミルナステッチ
キャンバス地、ネット地、粗目の布地に、針またはタッピーで、糸を植え付けていく手法。
〔由来〕トルコの西方スミルナ市でおこった、毛を深く植え込んだスミルナカーペットに使われた技法。あらかじめ一定の寸法に切っておいた糸を、キャンバスにタッピーで1本ずつ植え付ける方法と、針で刺しながらリング状に刺す方法がある。スミルナカーペットは、11~13世紀にかけて十字軍がエルサレムに遠征したときに持ち帰ったもので、アジアからヨーロッパに渡った。古くはトルコやペルシアの遊牧民の小屋やテントの入口に、雨風や寒さを防ぐために用いられ、また敷物としても使われた。
〔布地〕ラグキャンバス、粗目のキャンバス、ネット、コングレス。
〔糸〕極太毛糸、麻と毛混紡で撚りの強いスミルナ用の糸。毛糸が細いときは本数を増やす。
〔針〕タッピー、太めの毛糸針。
〔刺し方〕針で刺す場合はマルタステッチ、毛足の長いリングステッチ、毛足の短いビロードステッチ。タッピーを使うときは、一定の長さに切っておいた糸を、タッピーでキャンバス目に引っかけて引き出し、くぐらせて締める。
〔用途〕室内装飾品、敷物、袋物。ラクダの背にかける大きな袋など、おもしろいものがある。
なお、「スウェーデン刺しゅう」「こぎん」「絽刺し」については、それぞれの項を参照のこと。
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