十七ヶ用水(読み)じゆうしちがようすい

日本歴史地名大系 「十七ヶ用水」の解説

十七ヶ用水
じゆうしちがようすい

旧高岡町の北東部の村々の農業用水。水当高八千四一五石余。水下村は上関かみぜき下関大野おおの中川なかがわあわら分・開発かいほつ江尻えじり米島よねじま能町のうまち石瀬いしぜ野村のむら・野村新・赤祖父あかそふつのの一四ヵ村である(「郡事摘要」折橋家文書)。なぜ十七ヶ用水とよばれたのかは、承応元年(一六五二)能町村で庄川を西へ掘替えて小矢部川に合流させたため、下牧野しもまきの吉久よしひさ村と中伏木なかふしき(現新湊市)が水下村でなくなったためという。水源礪波となみ石代こくだい村の湧水増仁ぞうに川で、庄川左岸の村々の落水を集め、射水郡京田きようでん村で庄方しようかた用水・国方くにかた用水・中川用水に分流していた。文政一一年(一八二八)の十七ヶ用水取分け絵図(高樹文庫)によれば、庄方用水の水当高三千六七石、分木口幅八尺一寸余、国方用水の水当高四千五三二石余、分木口幅一丈四寸であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む