日本歴史地名大系 「千栗城跡」の解説
千栗城跡
ちりくじようあと
[現在地名]北茂安町大字白壁字石貝
千栗八幡宮の西四〇〇メートル、
千栗城は建武三年(一三三六)足利尊氏の部将小俣道剰の築城に成ると伝えられる。尊氏は東上に際して、一色範氏(道猷)を博多にとどめて鎮西探題とし、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
千栗八幡宮の西四〇〇メートル、
千栗城は建武三年(一三三六)足利尊氏の部将小俣道剰の築城に成ると伝えられる。尊氏は東上に際して、一色範氏(道猷)を博多にとどめて鎮西探題とし、
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