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千葉胤正 ちば たねまさ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

千葉胤正 ちば-たねまさ

1141-1203 平安後期-鎌倉時代の武将。
保延(ほうえん)7年4月1日生まれ。千葉常胤(つねたね)の長男。下総(しもうさ)千葉城主。治承(じしょう)4年源頼朝の挙兵にくわわる。文治(ぶんじ)5年の奥州攻めに従軍。のち葛西(かさい)清重らとともに,藤原泰衡(やすひら)の遺臣大河兼任(かねとう)の反乱を平定した。建仁(けんにん)3年7月20日死去。63歳。通称は新介,千葉介。名は胤政とも。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

千葉胤正

没年:建仁3.7.20(1203.8.28)
生年:永治1.4.1(1141.5.8)
鎌倉前期の御家人。千葉常胤の嫡子。母は秩父重弘の娘。治承4(1180)年9月,安房で再起をはかっていた源頼朝への参向を父に勧め,10月平家方の伊北常仲を上総に攻めた。翌養和1年4月には,弓矢に優れ,頼朝の信頼も厚かったことから,その寝所近辺の祗候衆に選ばれている。建久1(1190)年奥州藤原氏の郎従であった大河兼任が蜂起したときには,一方の大将軍として,その追討に当たった。建仁1(1201)年父の死によって家督を相続して千葉介を名乗り,下総守護に補されたが,2年余りで死去した。<参考文献>福田豊彦『千葉常胤』

(野口実)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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