コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

千葉胤正 ちば たねまさ

2件 の用語解説(千葉胤正の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

千葉胤正 ちば-たねまさ

1141-1203 平安後期-鎌倉時代の武将。
保延(ほうえん)7年4月1日生まれ。千葉常胤(つねたね)の長男。下総(しもうさ)千葉城主。治承(じしょう)4年源頼朝の挙兵にくわわる。文治(ぶんじ)5年の奥州攻めに従軍。のち葛西(かさい)清重らとともに,藤原泰衡(やすひら)の遺臣大河兼任(かねとう)の反乱を平定した。建仁(けんにん)3年7月20日死去。63歳。通称は新介,千葉介。名は胤政とも。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

千葉胤正

没年:建仁3.7.20(1203.8.28)
生年:永治1.4.1(1141.5.8)
鎌倉前期の御家人。千葉常胤の嫡子。母は秩父重弘の娘。治承4(1180)年9月,安房で再起をはかっていた源頼朝への参向を父に勧め,10月平家方の伊北常仲を上総に攻めた。翌養和1年4月には,弓矢に優れ,頼朝の信頼も厚かったことから,その寝所近辺の祗候衆に選ばれている。建久1(1190)年奥州藤原氏の郎従であった大河兼任が蜂起したときには,一方の大将軍として,その追討に当たった。建仁1(1201)年父の死によって家督を相続して千葉介を名乗り,下総守護に補されたが,2年余りで死去した。<参考文献>福田豊彦『千葉常胤』

(野口実)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

千葉胤正の関連キーワード御家人畠山重保御家人株御家人役国分胤通武石胤盛千葉常重千葉常秀千葉常安東胤頼

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone