千葉胤秀(読み)ちば たねひで

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「千葉胤秀」の解説

千葉胤秀 ちば-たねひで

1775-1849 江戸時代後期の和算家。
安永4年生まれ。千葉胤英(たねふさ)の父。陸奥(むつ)一関(いちのせき)藩(岩手県)家老の梶山次俊にまなび,江戸にでて長谷川寛(ひろし)の門にはいる。のち一関藩算学師範。嘉永(かえい)2年2月4日死去。75歳。陸奥磐井(いわい)郡(岩手県)出身。通称は雄七。号は流峰。編著に「算法新書」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の千葉胤秀の言及

【和算】より

…長谷川と内田はそれぞれ多数の数学者を養成し,しかもその塾から多くの数学書を刊行している。長谷川の塾を長谷川数学道場といい,千葉胤秀,山本賀前,秋田義一らの数学者が輩出した。出版した数学書も,《算法新書》(1830),《大全塵劫記(たいぜんじんこうき)》(1832),《算法地方大成》(1837)など,いずれもベストセラーになっている。…

※「千葉胤秀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む