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千葉胤秀 ちば たねひで

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

千葉胤秀 ちば-たねひで

1775-1849 江戸時代後期の和算家。
安永4年生まれ。千葉胤英(たねふさ)の父。陸奥(むつ)一関(いちのせき)藩(岩手県)家老の梶山次俊にまなび,江戸にでて長谷川寛(ひろし)の門にはいる。のち一関藩算学師範。嘉永(かえい)2年2月4日死去。75歳。陸奥磐井(いわい)郡(岩手県)出身。通称は雄七。号は流峰。編著に「算法新書」。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

千葉胤秀

没年:嘉永2.2.4(1849.2.26)
生年:安永4(1775)
江戸後期の和算家。通称雄七,流峯と号す。陸奥国磐井郡(岩手県)流郷の人。一関藩士梶山次俊に学び,のち長谷川寛に学ぶ。文政11(1828)年12月に選ばれて一関藩士となる。『算法新書』5巻は師長谷川寛の著とも,本人の著ともいわれるが,天保1(1830)年のもの。他にも多くの著述がある。『算法新書』は非常に教育的に書かれている。一例をあげると,(a+b)3の展開について縦,横,高さとも(a+b)の長さの立方体の体積を求める場合を考え,まずa3の部分が1個,残りにa2bとab2が左右上下併せて3個ずつ。残りがb3であるとする。a2bとab2をabでくくって,a3+3ab(a+b)+b3と説明している。

(道脇義正)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の千葉胤秀の言及

【和算】より

…長谷川と内田はそれぞれ多数の数学者を養成し,しかもその塾から多くの数学書を刊行している。長谷川の塾を長谷川数学道場といい,千葉胤秀,山本賀前,秋田義一らの数学者が輩出した。出版した数学書も,《算法新書》(1830),《大全塵劫記(たいぜんじんこうき)》(1832),《算法地方大成》(1837)など,いずれもベストセラーになっている。…

※「千葉胤秀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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