千馬三郎兵衛(読み)ちば さぶろべえ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「千馬三郎兵衛」の解説

千馬三郎兵衛 ちば-さぶろべえ

1653-1703 江戸時代前期の武士
承応(じょうおう)2年生まれ。赤穂(あこう)四十七士のひとり。播磨(はりま)(兵庫県)赤穂藩主浅野長矩(ながのり)に馬廻としてつかえる。吉良義央(きら-よしなか)邸の偵察につとめ,討ち入りにくわわった。元禄(げんろく)16年2月4日切腹。51歳。名は光忠変名は原三助。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む