日本歴史地名大系 「南笠置村」の解説
南笠置村
みなみかさぎむら
[現在地名]笠置町大字笠置
北笠置村の
笠置津は笠置参詣のためにも利用されており、寛弘四年(一〇〇七)六月八日笠置寺を訪れた藤原道長は、その日記「御堂関白記」に「従寺帰、山城介真助朝臣、奉仕雑事、笠置津渡間賜禄物」(同月九日条)と記す。また元永元年(一一一八)閏九月に参詣した藤原宗忠は、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
北笠置村の
笠置津は笠置参詣のためにも利用されており、寛弘四年(一〇〇七)六月八日笠置寺を訪れた藤原道長は、その日記「御堂関白記」に「従寺帰、山城介真助朝臣、奉仕雑事、笠置津渡間賜禄物」(同月九日条)と記す。また元永元年(一一一八)閏九月に参詣した藤原宗忠は、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...