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南部政長 なんぶ まさなが

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

南部政長 なんぶ-まさなが

?-1360 南北朝時代の武将。
南部政行の4男。正慶(しょうきょう)2=元弘(げんこう)3年新田義貞の鎌倉攻めにくわわる。のち建武(けんむ)2年の陸奥(むつ)北条方の乱の鎮圧に戦功をたてる。陸奥での南朝勢力の中心となった。延文5=正平(しょうへい)15年8月15日死去。通称は六郎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

南部政長

没年:延文5/正平15.8.15(1360.9.25)
生年:生年不詳
南北朝時代の武将。父は政行。兄師行の養子となり家督を継いだ。最初甲斐国,のち陸奥国に下り,南朝に属して活躍する。正慶2/元弘3(1333)年5月,新田義貞の鎌倉攻めに加わり,その功により,甲斐国倉見山(山梨県南都留郡西桂町),陸奥国糠部郡七戸郷(青森県上北郡七戸町)を与えられた。その後陸奥国に下向した。建武2(1335)年陸奥国で反乱を起こした旧幕府勢力を鎮圧するなどし,建武4/延元2年には北畠顕家に従って西上し,陸奥南朝勢力の中心であった。南北朝動乱の前半は,北奥の根城(青森県八戸市)を根拠地として,足利軍と攻防戦を展開して幕府軍を苦しめたが,次第に苦戦を強いられるようになり,観応1/正平5(1350)年に家督を孫の信光に譲って,隠居した。<参考文献>『遠野市史』2巻

(伊藤喜良)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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