印内猪谷村(読み)いんないいだにむら

日本歴史地名大系 「印内猪谷村」の解説

印内猪谷村
いんないいだにむら

[現在地名]松岡町上吉野かみよしの湯谷ゆだにしま宮重みやしげ

吉野谷の南奥にあり、東・南・西は山地北西野中小畑のなかおばたに接する。東はなし峠を越えれば志比しひ京善きようぜん(現永平寺町)に達し、永平寺に至る。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では吉野庄に含まれる。正保郷帳に村名がみえ、元禄郷帳から印内・猪谷・島・宮重に分村する。「越前国名蹟考」は猪谷村枝村として宮重村、印内村枝村として島村・上台を記す。なお、慶長一五年一〇月二六日付徳善寺惣門徒中言上書(昌蔵寺文書)に印内村のみみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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