原尾島村(読み)はらおしまむら

日本歴史地名大系 「原尾島村」の解説

原尾島村
はらおしまむら

[現在地名]岡山市原尾島・原尾島一―四丁目

瓶井門前(みかいもんぜん)村の北にあり、東端を百間(ひやつけん)川が南東流する。山陽道が通り、茶屋二軒があり、六枚(ろくまい)橋という祇園(ぎおん)用水を渡る石橋が架かっていた(備前記)。慶長一〇年(一六〇五)備前国高物成帳(備陽記)の宇治(うじ)郷に村名がみえ、寛永備前国絵図では高九七四石余。正保郷帳には原(はら)村とあり、枝村に尾島村・倉淵(くらぶち)村が載る。「備前記」によると古くは原村と称し、百間川は洪水時の排水路で、普段は田畠になっている。「備陽記」では田畑五八町四反余、家数八九(寺社とも)・人数五〇〇。文化年間の「岡山藩領手鑑」によると直高一千八三七石余、蔵入。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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