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原田種直 はらだ たねなお

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

原田種直 はらだ-たねなお

?-1185 平安時代後期の武将。
筑前(ちくぜん)(福岡県)岩戸,原田を拠点とした有力大宰府府官。治承(じしょう)5年(1181)大宰権少弐(だざいのごんのしょうに)となり,平氏の九州支配をささえる。源範頼(のりより)の軍と葦屋浦でたたかい,元暦(げんりゃく)2年2月1日戦死した。降伏して,ゆるされたともつたえられる。本姓は大蔵。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

原田種直

生年:生没年不詳
平安末期の武将。岩戸少卿・大蔵大夫と称す。父は大蔵種平。妻は平頼盛の娘という。筑前国(福岡県)の所領3700町と伝えるが定かでない。原田荘・岩戸郷を本拠として,博多筥崎の油座を押さえ貿易港今津を支配した有力府官。大宰大弐平清盛による保元3(1158)年の宇佐宮式年造営のとき,大宰大監として肥後国の拒捍使(税を徴収するために派遣される官人)を務め,福原遷都(1180)に際しては後白河法皇を守護し,治承5(1181)年には大宰権少弐に任官。平家の鎮西支配の一翼を担った。平家一門を大宰府に迎え,菊池隆直,源範頼と戦うなど活躍したが,文治1(1185)年壇の浦の戦で平家が滅亡したとき,源氏に降った。のち許されて,所領は没収されたが,筑前国怡土郡に住したと伝える。<参考文献>正木喜三郎『大宰府領の研究』

(正木喜三郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

はらだたねなお【原田種直】

源平内乱期の武将。生没年不詳。岩戸少卿,大蔵大夫と号す。筑前国原田,岩戸を本拠とし筥崎油座や貿易港今津を握る北九州随一の有力府官。平家方人として福原遷都に後白河院を守護し,1181年(養和1)大宰権少弐となり平家の鎮西支配の一翼を担う。平家の大宰府落ちに2000騎をもって供奉し,菊池隆直,源範頼と戦うなど活躍したが,平家滅亡後降伏。のち許され怡土郡に住した。【正木 喜三郎】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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世界大百科事典内の原田種直の言及

【大蔵氏】より

…数流あるが最も著名なのは古代・中世に九州で繁栄した一族。渡来人阿知使主(あちのおみ)の子孫という倭漢氏(やまとのあやうじ)が大和朝廷の大蔵(財政機関)を預かったことにより大蔵を称するようになる。天慶年中(938‐947),藤原純友の乱に追討使として大蔵春実が九州に下向して以来,孫種材が刀伊の入寇に活躍するなど,その子孫は大宰府の官人として九州管内の各地に勢力をのばした。平安末期,平氏政権と結びついた大蔵(原田)種直が大宰権少弐に任ぜられ一族の多くも大宰府の要職をしめて勢威をほこったが,平氏滅亡とともに没落した。…

【原田氏】より

…古代,中世の北九州の豪族。本姓大蔵氏。藤原純友の追捕使大蔵春実の裔とするが確証はない。11世紀,刀伊の入寇に活躍した大宰大監種材が府官大蔵氏の初見。以後,大監を世襲し,12世紀中ごろ,種平は検非違使執行を兼ね,武力で所領を拡大し,一族は拒捍使(きよかんし)に任じられる。子種直は怡土郡原田荘,那珂郡岩戸を本拠に平家方人となり,1181年(養和1)大宰権少弐に任命され,北九州随一の府官として治承・寿永の内乱に活躍した。…

※「原田種直」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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