古坂村(読み)ふるさかむら

日本歴史地名大系 「古坂村」の解説

古坂村
ふるさかむら

[現在地名]加西北条町古坂ほうじようちようふるさか北条町古坂一―三丁目・同五―七丁目

横尾よこお村の東に位置し、中播丘陵北部、高峰たかみね山・小谷こだに城山連山の南麓に立地する。古くは鴨坂かもさかと称したという。「播磨国風土記」賀毛かも上鴨かむつかも里の条にみえる矢を負った鴨が峠を越えたとされる所が今の鴨谷かもだにで、この坂を鴨坂とよんだ。この鴨坂峠には古坂・新坂があり、この古坂が地名の由来とされる。連山は加西を二分して北部を坂裏さかうらとよび、坂裏との連絡路古坂峠は古来から加西の南北を結ぶ主要道であったが、通行困難な所でもあった。慶長国絵図に村名がみえる。領主の変遷は市場いちば村と同じ。正保郷帳によると田方四六八石余・畑方四二石余。延宝六年(一六七八)検地帳(古坂区有文書)によれば高五三三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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