古川分(読み)ふるかわぶん

日本歴史地名大系 「古川分」の解説

古川分
ふるかわぶん

[現在地名]西条市古川

加茂かも川河口南北両岸に立地する平地村。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)新居郡の項に「古川村」、村高一〇二石六斗四升とある。元禄一三年(一七〇〇)の領分附伊予国村浦記には「古川分」、高二一二石一斗余とあり、天保一三年(一八四二)の「西条誌」には「古川分」、田畑高五七〇石一斗、家数三四、人数一四〇、船数二艘、うち一艘一二端帆、一艘八端帆とある。


古川分
ふるかわぶん

[現在地名]河東町金田かねだ

北西浅野あざの村、東はさかい新田村南東駒板こまいた新田村、南西駒板村。寛政四年(一七九二)開村で、化政期の「新編会津風土記」には、駒板村の小名古川とあり、家数六。代田組に属し、旧高旧領取調帳では高一〇九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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