古知屋市(読み)こちやし

日本歴史地名大系 「古知屋市」の解説

古知屋市
こちやし

一九四五年(昭和二〇年)から四六年に米軍政府が制定した沖縄島北部の住民収容地区名。当時、金武きん村のうちに含まれていた古知屋こちやの本集落および高松たかまつと称される開拓集落のほか、屋取集落の潟原かたばる前原めーばる兼久かにくにあたる。同地域には沖縄戦開始以前の四四年四月頃から疎開のための避難民が流入し、四五年一月の人口は七一四名であった。避難民は沖縄戦開始に伴い山中へ避難したが、同年六月米軍の山中掃討開始に伴い下山を始め、最寄りの集落に収容された。この頃から沖縄島中南部からの避難民も急増し、沖縄戦終結後の同年七月には避難民の数は約三万四千人にものぼった。米軍は同収容地区を古知屋区と高松区に区分し、秩序維持を図り、それぞれ古知屋市・高松たかまつ市と称された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む