古立村
ふるだてむら
飯田村の東、西谷田川西岸に位置。古くは古舘新田村と称した。「各村旧高簿」には古館村とあり、谷田部藩細川氏領で明治元年(一八六八)の村高一四一・〇七九石。鹿島神社は九月二七日を例祭日とし、江戸時代の創建。
熊倉館跡があり、堀・土塁の遺構がみられる。
古立村
ふるたちむら
[現在地名]妙義町古立
大桁山(八三五・九メートル)の北麓に位置し、北部を高田川が東流、東は八木連村、西は行沢村と接する。寛文郷帳には「古舘村」とあり、小幡藩領、田方六三石二斗余・畑方五七石七斗余。元禄郷帳でも同藩領。江戸後期の御改革組合村高帳では旗本河田領で高一四一石余、家数三四。中山道坂本宿(現碓氷郡松井田町)の助郷を勤め、天明三年(一七八三)の浅間焼けなどの困窮によって同八年に増助郷等救済願(山田文書)を出している。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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