日本歴史地名大系 「古賀宿」の解説
古賀宿
こがのしゆく
[現在地名]多久市東多久町別府 古賀一区
唐津往還を佐賀から
「丹邱邑誌」には、享保一一年(一七二六)の戸数は二八軒、やや南東の牛津川の津(港)とされる古賀津(現船津)には一軒と記されている。
往還を西へ向かうと宿西端の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
唐津往還を佐賀から
「丹邱邑誌」には、享保一一年(一七二六)の戸数は二八軒、やや南東の牛津川の津(港)とされる古賀津(現船津)には一軒と記されている。
往還を西へ向かうと宿西端の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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