吉弘神社(読み)よしひろじんじや

日本歴史地名大系 「吉弘神社」の解説

吉弘神社
よしひろじんじや

[現在地名]別府石垣西六丁目

実相寺じつそうじ山の東麓に鎮座。鎮座地はかつての鉄輪かんなわ道に面する。慶長五年(一六〇〇)石垣原いしがきばるの合戦で戦死した大友方の武将吉弘統幸(嘉兵衛)を祀る。統幸戦死後、宝泉ほうせん寺の住職が当地に葬り、墓所が設けられた(別府市誌)。大正一一年(一九二二)周辺住民の有志発起人となり墓所の周辺を石垣原公園とし、墓所の前に社殿を建設して吉弘神社と名づけた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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