吉村斐山(読み)よしむら ひざん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「吉村斐山」の解説

吉村斐山 よしむら-ひざん

1822-1882 江戸後期-明治時代の儒者
文政5年生まれ。山口西園(せいえん),のち吉村秋陽にまなび,秋陽の養子となる。嘉永(かえい)4年江戸で佐藤一斎に入門。安政2年安芸(あき)広島藩家老三原浅野家の学問所朝陽館の教授となり,明治4年広島藩校修道館教授。明治15年9月11日死去。61歳。本姓中村。名は駿。字(あざな)は景崧。通称は隆蔵。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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