向郷陣屋跡(読み)むかいごうじんやあと

日本歴史地名大系 「向郷陣屋跡」の解説

向郷陣屋跡
むかいごうじんやあと

[現在地名]君津市向郷

小櫃おびつ川に臨む平坦な高台の字古陣屋ふるじんやにあった上野前橋藩(のち武蔵川越藩)の陣屋跡。字幕の台まくのだいに隣接し面積約九〇〇坪。寛保二年(一七四二)前橋藩主酒井忠恭が所替により上総領地二万石を上知され、久留里藩主黒田直純に上総望陀・市原夷隅いすみを含む五郡のうちに領地が与えられた(→久留里城跡安住陣屋跡。このとき望陀郡の亀山領は一時幕府領となったが(「柳城村年貢割付状」柳城区有文書など)、延享元年(一七四四)同領が再び酒井忠恭に与えられ、新たに望陀郡と安房国長狭ながさ郡・へい郡・安房郡を支配するため陣屋が置かれたと考えられる(「寛政重修諸家譜」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む