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呉興 ごこう

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百科事典マイペディアの解説

呉興【ごこう】

湖州

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世界大百科事典 第2版の解説

ごこう【呉興 Wú xīng】

中国,浙江省北部の県。1979年より都市区は湖州市となり,嘉興地区の中心。北は太湖,南は天目山に臨み,東苕渓(ちようけい)と西苕渓の合流する地点にあり,山野水沢の産物に恵まれる。太湖の東が呉越を結ぶ表通りであるのに対し,太湖の南は浙江と安徽南東部を結ぶルートにあたり,また太湖を渡って蘇州へ至ることも容易であるところから,嘉興とは別の立場から呉越を制する要衝であった。秦に烏程県が置かれ,三国呉に呉興郡となり,隋から湖州となったが,帰属は蘇州と杭州の間を変転した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

呉興
ごこう / ウーシン

中国、浙江(せっこう/チョーチヤン)省北部の旧県。(ちょうけい)の下流に位置し、太湖(たいこ/タイフー)に臨み江蘇(こうそ/チヤンスー)省に隣接する。杭長(こうちょう)鉄道が通じる。秦(しん)代に烏程(うてい)県が置かれ、三国呉(ご)代は呉興郡の治所であった。宋(そう)代に帰安(きあん)県を分置し、明(みん)・清(しん)代は湖州府の治所とされ、1912年帰安(きあん)県を合併して呉興県と改めた。79年湖州市を分置し、81年湖州市に編入された。杭嘉湖(こうかこ)平原の養蚕地帯の中心で、明代後半より製糸、絹織物の生産が発達し、現在も省最大の絹織物工業地帯である。江南でもっとも早く開発された地方で、土壌が肥沃(ひよく)で米の生産が多く、宋代には「蘇湖熟すれば天下足る」とまでいわれた。杭嘉湖平原の水郷地帯にあるだけに内陸水運は四通八達している。[林 和生]

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