日本歴史地名大系 「和田代官所跡」の解説
和田代官所跡
わだだいかんしよあと
[現在地名]山南町和田
享保一三年(一七二八)安房国北条藩主水野家が丹波国内領支配のために置いた代官所(「享保年号以来追加和田邑来由書」木戸家文書)。鶴牧藩大概帳には東西一七間・南北三四間と記され、堀と石垣の一部が現存している。水野家は信濃国
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
享保一三年(一七二八)安房国北条藩主水野家が丹波国内領支配のために置いた代官所(「享保年号以来追加和田邑来由書」木戸家文書)。鶴牧藩大概帳には東西一七間・南北三四間と記され、堀と石垣の一部が現存している。水野家は信濃国
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